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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)9213号 判決

原告

日本信販株式会社

右代表者代表取締役

木島利夫

右訴訟代理人弁護士

山下俊六

柘賢二

被告

三栄カルディオ販売株式会社

右代表者代表取締役

中溝明

右訴訴代理人弁護士

水沼宏

主文

一  被告は、原告に対し、原告から別表①ないし⑩記載の医療機器の引渡を受けるのと引き換えに、金四三五三万六二五〇円並びに金四七六〇万円に対する昭和五六年七月三一日から同年九月二六日まで、金四六四一万七五〇〇円に対する同月二七日から同年一〇月二六日まで、金四五二六万五〇〇〇円に対する同月二七日から同年一一月二六日まで、金四四一一万二五〇〇円に対する同月二七日から昭和五七年四月一四日まで及び金四三五三万六二五〇円に対する同月一五日から支払ずみまで、それぞれ年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四七六〇万円及びこれに対する昭和五六年七月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  商事性

原告は、割賦販売の斡旋、物件のリース等を業とする株式会社である。

2  本件売買契約の締結

原告は、被告との間で、昭和五六年四月末日ころ別表①ないし⑩記載の医療機器(以下「本件物件」という。)を別表売買価格欄記載の代金額(合計四七六〇万円)で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  売買代金の支払

原告は、被告に対し、昭和五六年五月三一日本件売買契約に基づき本件物件の売買代金として額面四七六〇万円の振出人原告、支払期日同年七月三一日とする約束手形を交付し、同約束手形は、右支払期日に決済された。

4  詐欺を理由とする取消の意思表示

原告は、被告に対し、昭和五七年六月一〇日本件売買契約を被告の詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。

5  被告の詐欺行為

(一) 被告代表取締役常務片平俊治(以下「片平常務」という。)は、原告社員大沢良直(以下「大沢」という。)に対し、昭和五六年三月中旬ころ、電話で、当時新宿東診療所の名称で診療所を経営している訴外國澤和生(以下「國澤」という。)が関東中央病院の医師訴外森田健(以下「森田」という。)と共同で、新たに吉祥寺クリニックの名称で武蔵野市吉祥寺南町一ノ一一ノ二に診療所を開設して経営する予定であるが、同診療所内に設置する医療用機器については、被告が納品することになつている、ついては右医療用機器を原告において被告から買い入れ、これを國澤らにリース(賃貸)してもらいたい、右医療機器はすべて新品であり、その売買代金額は概ね五〇〇〇万円位である、旨の申込みがあつた。

(二) そこで、大沢は、國澤と面談したうえ、被告に対し、右医療用機器の見積書を提出するように要求したところ、被告は、原告に対し昭和五六年四月二八日ころ本件物件について別表売買価格欄記載のとおり総額四七六〇万円の見積書を提出した。

(三) 右見積書の提出は、次のような操作によるものであつた。

國澤は、当初、自己の経営する訴外株式会社JTN予防医学事業会(以下「JTN」という。)が、被告から本件物件を購入し、その購入代金に売買益等を上乗せして原告に売却し、その後原告から本件物件のリースを受ける方法で資金を捻出しようと試みたが、大沢から、右はいわゆるリース・バック取引に該当するとして断わられた。そこで、國澤は、資金捻出の次の方法として、被告からバック・リベートを受けとることを考え、被告の片平常務との間で、協議したうえ昭和五六年四月一五日ころ次の約束をした。すなわち、①被告は、原告に対し、本件物件について総額四七六〇万円の見積書を提出する。②被告は、國澤に対し、バック・リベートとして二四一〇万円(右見積額から被告と國澤との交渉により決定されたいわゆる仕切価格二三五〇万円を控除した金額)を交付する。③被告が國澤に対して右のバック・リベートを支払うことは、原告には隠しておく、という約束であつた。

(四) 大沢は、右見積書受領後國澤及び森田に対して右見積書の見積額が本件物件の適正な価格であるか否か確認したところ、國澤らは、間違いない旨の回答をしたので、原告は、本件売買契約を締結するに至つた。しかし、メーカー設定の小売価格は、別表定価欄記載のとおり総額三一四一万二四二〇円であつた。

(五) ところで、いわゆるファイナンス・リース取引においては、リース会社とリース物件の販売業者(以下「サプライヤー」という。)との間のリース物件の売買価格は、通常次のように定められている。すなわち、リース会社がサプライヤーから購入するリース物件の価格(以下「リース会社購入価格」という。)については、サプライヤーと借主との間で事実上決定され、その価格は、仮に借主が直接サプライヤーからリース物件を購入すると仮定した場合における物件の現金購入価格(以下「借主購入価格」という。)と一致する。しかし、例外的に、リース会社購入価格が借主購入価格よりも高額となる場合があるが、そのような場合には、リース会社購入価格と借主購入価格の差額がサプライヤーから借主にリベート等の名目で交付される。これによつて借主は、右の差額に相当する資金を無担保で調達する結果になるが、このような方法で資金を調達するには、予めリース会社の同意を得ており、この同意を得ないと違法行為となる。その理由は、リース物件は最終的にはリース会社の借主に対するリース料、違約損害金請求権等の債権の担保となるところ、リース会社購入価格が借主購入価格より高額な場合には、担保価値が相対的に低下することになり、また、そのような方法で資金調達をする借主は信用性に乏しく、将来債務不履行に陥る可能性が極めて高いからである。したがつて、サプライヤーは、リース会社に対し、その旨を告知し、リース会社の承諾を得るべき義務を負つている。

(六) すなわち、片平常務及び被告の野村康雄東京支店長(以下「野村支店長」という。)は、國澤と共謀のうえ、原告に対し、本件物件を仕切価格の倍額を超え、メーカーの設定する小売価格(定価)を大幅に上廻る価格で売却して、國澤らの資金調達をはかろうと企図し、大沢が医療機器の商品知識に乏しく、販売業者である被告から提出される見積書の価額は、仕切額と同額で、定価を相当額下廻るものであると信じて疑わないことを奇貨とし、片平常務及び野村支店長において、右大沢に対し、昭和五六年四月二八日ころ、あたかもそれには仕切額と同額で定価を相当額下廻る価額が記載されているものと装い、実際には本件物件の仕切額の倍額を超え、定価を五割以上も上廻る価額が記載された見積書を提出し、一方國澤は、診療所の経営者であるから医療機器の価格について詳しいにもかかわらず、大沢からの本件物件についての価格の問い合わせについて片平常務らと口裏を合わせ、右見積額が適正である旨虚偽の事実を申し向け、もつて、原告担当者の大沢をして本件物件についての被告からの前記見積書記載の金額が仕切額と同額で定価を相当下廻る適正価格であると誤信させて、原告をして被告との間に本件売買契約を締結させたのである。

よつて、原告は、被告に対し、契約取消による利得返還請求権に基づき、原告が被告に支払つた売買代金四七六〇万円及びこれに対する原告振出の約束手形の支払期日である昭和五六年七月三一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5のうち(一)の事実は認める。(二)の事実は認める。(三)の事実は否認する。(四)の事実のうち、別表定価欄②④⑥⑩の金額は認めるが、その余の事実は否認する。定価は、同①は一二〇〇万円、同③は一四〇万三〇〇〇円、同⑤は二三八万円、同⑦は五八〇万円、同⑧は一四三万円、同⑨は三六〇万円である。(五)の事実は否認する。(六)の事実は否認する。

なお、原告は、本件売買契約を締結するに当たつて、借主の信用状態とリース取引高ないしファイナンス枠を重視し、一方目的物件の存在ないしその価額を重視しておらず、大沢は、被告が提出した見積書の金額が定価に相当程度上積みされたものであることを知りながら、これを無視ないし意を介さずに、本件売買契約に踏み切つたものである。すなわち、本件医療機械のような商品は、一旦納入されれば、数か月で二分の一とか三分の一の価値しかなくなるもので、リース料の引当としての担保価値が小さい商品であること、サプライヤーと借主との間で値切りをしたときは、その値切り分を借主に還元して、設備費用等に充てることは、医療機械のファイナンスリース業界の常識であり、また、被告は、原告宛の見積書に代金を上乗せした品目については、これを明らかにするため、商品の形式番号の末尾「A」の文字を追加記入した(形式番号名にすでに「A」が付いているものについては「B」の文字を付加した。もつとも別表③については、すでに「A」が付いていたので「B」を付加すべきであつたが作業ミスで落としている。)し、被告は、原告に商品のカタログを送付してあるから、カタログと見積書とを対照すれば、一目瞭然であり、大沢は、被告の担当者野村支店長及び國澤から説明を受けて、このことを熟知していた。

(右主張に対する原告の認否)

否認する。

三  抗弁

1  利得返還請求権との相殺

(一) 被告は、原告との間で、本件売買契約の際、昭和五六年五月三一日限り本件物件を國澤と森田が経営する吉祥寺クリニックに納入する旨を約し、同日これを納入した。

(二) 原告は、森田に対し、昭和五七年五月七日本件物件を、リース期間昭和五六年五月から昭和六二年四月までの七二か月間、リース料合計八三〇一万円とし、約束手形七二通をもつて、支払う旨のリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結し、國澤は、これを連帯保証した。

(三) 森田又は國澤は、原告に対し、次のとおりリース料の支払をした。

① 昭和五六年九月一八日 一一五万円

② 同月二六日 一一八万二五〇〇円

③ 同月二七日 一一八万二五〇〇円

④ 同年一〇月二七日 一一五万二五〇〇円

⑤ 同年一一月二七日 一一五万二五〇〇円

⑥ 昭和五七年三月二七日 五七万六二五〇円

⑦ 同年四月一五日 五七万六二五〇円

⑧ 同月二七日 五七万六二五〇円

以上合計 七五四万八七五〇円

(四) 右リース料は、本件売買契約によつて原告が引渡を受けた本件物件につき本件リース契約を締結した結果得たものであるから、本件売買契約が取り消された場合には、被告に対し、利得として返還すべきものである。

(五) 被告は、原告に対し、昭和六一年四月一〇日本件口頭弁論期日において、本訴請求債権を受働債権とし、右利得返還請求権を自働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2  過失相殺

本件売買契約締結の経緯に照らし、大沢及びその上司の決裁権者に、森田及び國澤の経営する新宿東診療所ないし吉祥寺クリニックの信用状態の調査に不備があり、信用供与の枠の拡大にのみ気をとられ、被告が提出した見積書とカタログの商品の形式番号名を看過した過失があり、原告が信用した顧客を、被告が信用して、その要求どおりに代金を上乗せして単にそのファイナンス枠の拡大に協力した被告の過失と対比すると、過失相殺するのが相当である。

3  同時履行

原告は、本件物件を吉祥寺クリニックから引き揚げ、占有しているところ、契約取消による利得返還義務として、被告に対し、本件物件の返還義務を負つているので、被告は、本件物件の引渡を受けるまで、本件売買代金の支払を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち(一)及び(二)の各事実は認める。(三)のうち、③④⑤⑦の支払を受けたことは認めるが、その余の支払は否認する。(四)の事実は否認する。リース料は、本件リース契約に基づく支払であり、被告には、原告がリース料の支払を受けることによつて被るべき損失がないから不当利得とはならない。

2  抗弁2の事実は否認する。本訴請求債権は、取消による利得返還請求権(実質的には原状回復請求権)であるから、過失相殺の対象とはならない。

3  抗弁3の主張については争わない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一請求原因についての判断

一請求原因1(商事性)、同2(本件売買契約の締結)、同3(売買代金の支払)及び同4(詐欺を理由とする取消の意思表示)の各事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因5(被告の詐欺行為)について検討する。

1  請求原因5(一)(片平常務の大沢に対する医療用機器買受方等の申込み)及び同(二)(被告の原告に対する本件物件についての総額四七六〇万円の見積書の提出)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、國澤は、森田との間で吉祥寺クリニックを開設するに際し、開設名義人を医師である森田とし、森田が診療部門を担当し、國澤が事務部門を担当し、実際の経営面、経理面は、すべて國澤が行うことに合意したこと、その際、森田が同クリニックで使用を希望する医療機器の機種名を書き出し、國澤が昭和五五年一二月ころ、片平常務や野村支店長に対し、あたかも、JTNが購入するような態度で、右医療機器の見積りをさせたこと、そして、どの位値引きできるか打診したところ、パンフレットに記載されている価格六〇〇〇万円位の機器を二〇〇〇万円台の金額まで値引きできることがわかつたこと、そこで、國澤は、片平常務に対し、昭和五六年三月中旬ころ、金利の安い担保をとらず、圏澤の指定する保証人で納得するリース会社をさがして欲しい、そのリース額は五〇〇〇万円位にしたい旨依頼したこと、片平常務も、リース会社が入つた方が安全なので、同月下旬ころ大沢と会つて話し合つた結果、原告をリース会社とすることが相当であると考え、國澤に原告を斡旋するに至つたこと、國澤は、片平常務の紹介で訪ねて来た原告の大沢と、昭和五六年四月三日新宿東診療所で、吉祥寺クリニックの新規開設とその事業計画の内容を話したうえ、五〇〇〇万円ほどの被告販売の医療機器をJTNが買い取り、その後、原告がこれを買い取つて國澤らにリースをして欲しい旨申入れたこと、大沢は、即答を避け、社内で相談したうえ、同月一〇日ころ國澤に対し、経営者が同一人であるJTNが買い取つたものを原告が再び買い取るのは、いわゆるリース・バックとなるので、原告としてはできないこと、ついては、被告から原告が直接買い取つてリースをしたい旨話したので、國澤は、中間マージンをとる作戦が失敗したことを知つたこと、そこで國澤も大沢に即答することを避け、まず、片平常務と交渉し、その過程で、本件物件の価格は、値引きにより機器の設置運搬などの費用を入れても、二三五〇万円位にできることがわかつたこと、そこで、國澤は、原告に対しては、本件物件が二三五〇万円で買えることは隠し、被告から原告には四七六〇万円で買わせ、差額の二四一〇万円をJTNにバックさせたいと考え、片平常務を説得したところ、片平常務も、それでも二〇〇万円ないし三〇〇万円の利益が挙がるとのことで、これを了解したこと、その後片平常務が、野村支店長と相談のうえ、野村支店長が、右合意の内容に基づいて、原告に対し、同月二八日付で前記四七六〇万円の見積書を提出したこと、以上の各事実が認められ、証人片平俊治の証言及び分離前共同被告國澤和生本人尋問の結果中この認定に反する部分は、いずれも曖昧であり、かつ、この認定に用いた各証拠に照らして信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  〈証拠〉によれば、原告は、被告から提出された前記見積書記載の金額は、実際の取引価格が記載されているものと考えて、本件売買契約を締結したこと、すなわち、大沢はこのような場合メーカーに聞いて確認するのが一番確実であると考えていたが、被告は、メーカーの訴外三栄測器株式会社(以下「三栄測器」という。)の子会社で、いわばその販売会社であるから、メーカーの定価を十分知つていると思えたので、特別な調査はしなかつたこと、そして、右見積書受領後、國澤に対して右見積書の見積額が本件物件の適正な価格であるか否か確認したところ、國澤は、間違いない旨の回答をしたので、大沢は、見積書記載の見積額が適正な価格であると信じたこと、したがつて、四七六〇万円のうち二四一〇万円が、いわゆるバック・リベートとして被告から國澤に支払われるとは全く予想していなかつたこと、このような実際の取引価格を大幅に超過する買受は、不正販売として、原告ではこれを認めていないこと、それは、担保価値からみても、四七六〇万円を支出して二〇〇〇万円余の物件を担保としてとる危険を冒すことになるので、即座に断わつたことであろうことが予想されること、國澤は、他に日医リース株式会社、オリエントリース株式会社、センチュリー・リーシング・システム株式会社にも、リースの打診をしたが、これらの会社では、いずれも、リース枠は三〇〇〇万円程度を提示していたことが認められ、証人片平俊治の証言中この認定に反する部分は、この認定に用いた各証拠と比較して信用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

4  本件物件のメーカー設定の小売価格が、別表定価欄②④⑥⑩については、その金額であることに争いがなく、〈証拠〉を合わせ考えると、大沢は、吉祥寺クリニックが倒産した後、原告が本件物件を他に売却して損害の補填をする必要に迫られ、昭和五七年五月ころ前記見積書の金額も、定価より相当の値引をした金額であると考え、片平常務に、当時の定価を教えて欲しい旨数回にわたつて依頼したが、片平常務は、一〇機種にも及んでいるので定価表を揃えるのに時間がかかるので、もう少し待つてくれと述べて、結局これを送付しなかつたこと、その照会に対しても片平は、金額に上乗せがあることは全く述べていないこと、その後、森田が調査したところによれば、メーカーである三栄測器等が設定した小売価格は、別表定価欄記載のとおり総額三一四一万二四二〇円であることが明らかとなつたことが認められ、証人片平俊治の証言中この認定に反する部分は、この認定に用いた各証拠に照らして信用することができず、他にこの認定を覆すに足りる的確な証拠はない。また、証人片平俊治の証言中には、定価に上乗せしたときは、製品の形式番号の末尾にA(Aがすでに付いているときはB)を付ける旨の証言部分があるが、同証言によつても、形式番号を見ただけではすぐにわからない場合もあるということであり、本件でも全部についてこれが守られていたわけではないことは、被告の自認するところであり、しかも、リース業界において、かかる形式番号の付け方が慣行となつていることは、全立証によつてもこれを認めることはできない。

5  〈証拠〉によれば、リース会社とサプライヤーとの間におけるリース物件の売買価格の決定は、通常次のように定められていることが認められる。すなわち、いわゆるファイナンス・リース取引においては、リース会社がサプライヤーから購入するリース物件の価格については、サプライヤーと借主との間で事実上決定され、その価格は、仮に借主が直接サプライヤーから購入するとした場合の現金購入価格と一致する。しかし、例外的にリース会社購入価格が借主購入価格より高額となる場合があるが、そのような場合には、その差額がサプライヤーから借主にリベート等の名目で交付されることがあるが、その場合には、借主が、その差額に相当する資金を無担保で調達する結果となるので、このような方法で資金を調達するには予めリース会社の同意を得る必要がある。その理由は、リース物件は最終的には、リース会社の借主に対するリース料、違約損害金請求権等の債権の担保となるところ、リース会社購入価格が借主購入価格より高額な場合には、担保価値が相対的に低下することになり、また、そのような方法で資金調達する借主は信用性に乏しく将来債務不履行に陥る可能性が極めて高いから、サプライヤーはリース会社に対しその旨を告知して、リース会社の承諾を得るべき信義則上の義務がある。もつとも、リース会社は、リース料さえ確実に払つてもらえればよいという一種の融資制度としての機能をもつ側面があり、若干の金額については設備費用等に充てるため上乗せを認めている例もあるが、法形式的には、リース会社の買受と賃貸借であつて、その物件の所有権がリース会社に取得され、これを担保物とすることになるから、物件価格(本件では設置料を含んでの価格)と買受価格との関係は、リース会社にとつても重要であり、右のように仕切価格と倍額もの差があるときは、単なる融資となる部分については、リース会社に対し、融資としてこれを認めるか否かの判断をさせる機会を与えるのが当然であるからである。

6 右1ないし5の各認定事実を合わせ考えると、片平常務は、國澤と共謀のうえ、大沢に対し、大沢が仕切価格を倍額も上廻る価格で買い受ける意思のないことを知りながら、同人が医療機器の商品知識に乏しく、販売業者である被告から提出される見積書の価額は、当然に小売価格もしくはそれを下廻るものと誤信しているのを奇貨として、大沢に対し、昭和五六年四月二八日ころ、あたかも、それには定価か、もしくはそれを下廻る価額が記載されているもののように装い、実際には、本件物件仕切価格(二三五〇万円)を倍額以上(メーカー設定の小売価格も約五割以上)上廻る四七六〇万円と記載した見積書を提出し、國澤も、大沢の問い合わせに対し片平常務と口裏を合わせ、右見積額が適正である旨虚偽の事実を申し向け、もつて、原告担当者の大沢をして誤信させて、原告をして被告との間に本件売買契約を締結させたものと推認することができる。

したがつて、請求原因5は、理由がある。

第二抗弁についての判断

一抗弁1(利得返還請求権との相殺)について

1  抗弁1(一)(本件物件の納入)(二)(本件リース契約の締結と國澤の連帯保証)の事実及び同(三)(リース料の支払)のうち、③④⑤⑦の支払(合計四〇六万三七五〇円)のあつたことは当事者間に争いがない。しかし、これを超えて支払つたとの主張については、分離前共同被告國澤和生本人尋問の結果中には、これに沿う部分もあるが、証人大沢良直の証言及び弁論の全趣旨に照らしてたやすく信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2 そこで考えるに、ファイナンス・リース契約においては、サプライヤーからリース会社が目的物件を買い取り、これをリースする方法がとられており、したがつて、売買契約とリース契約とは密接に関連する契約である。その売買契約が意思表示の瑕疵によつて、取り消された場合、リース会社がリース契約に基づいて受領したリース料は、目的物件の使用による利益というべきであり、したがつて、民法五四五条一、二項の類推適用により、売買契約の取消に基づく利得返還義務(実質的には原状回復義務)の内容として、サプライヤーに対し、右利得を返還する義務があると解するのが相当である。

なお、本件リース契約においては、目的物件は、本件物件のほか、長時間心電図記録再生装置をも含むように合意されているが、〈証拠〉を総合すると、実際は、右装置は、仮空のもので、リース物件中に含まれていなかつたことが認められ(分離前共同被告國澤和生本人尋問の結果中この認定に反する部分は、この認定に用いた各証拠と比較して信用することができない。)、したがつて、右合意の存在は、原告が受領したリース料が、本件物件の使用による利益とみる妨げとはならない。なお、分離前共同被告國澤和生本人尋問の結果によれば、國澤は、原告に対し、右リース料の支払とは別に、示談金五〇〇万円を支払つていることが認められるが、同結果によれば、この示談金は、右長時間心電図記録再生装置に関するものと認められる。

3  抗弁1(五)(相殺の意思表示)の事実は、当裁判所に顕著である。

したがつて、原告の本訴請求金額のうち四〇六万三七五〇円は、右相殺の意思表示により消滅したものということができる。

そうすると、本訴請求債権のうち消滅した債権については、相殺適状を生じた後の遅延損害金債権は発生しなかつたことになるから、消滅した債権については、昭和五六年七月三一日から各相殺適状を生じた日の前日までの遅延損害金のみを認容すべきこととなる。

二抗弁2(過失相殺)について

原告の本訴請求は、詐欺を原因とする取消の意思表示によつて無効となつた本件売買契約の履行としてなされた給付の利得返還請求(実質的には原状回復請求といつてもよい。)であつて、損害賠償請求ではないから、過失相殺の規定は適用ないし類推適用されることはないというべく、この点の抗弁は、採用することができない。

三抗弁3(同時履行)について

原告が、本件物件を吉祥寺クリニックから引き揚げ、占有していることは当事者間に争いがないところ、本件売買契約が取り消されたことにより、原告は、右契約の履行として引渡を受けた本件物件につき、利得返還義務(実質的には原状回復義務)として被告に返還する義務を負つており、これは、原告の本訴請求にかかる被告の売買代金返還義務と同時履行の関係にある(最判昭和四七年九月七日民集二六巻七号一三二七頁)から、抗弁3は理由がある。

第三結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求のうち、原告が被告に対して本件物件の引渡をするのと引き換えに、四三五三万六二五〇円並びに四七六〇万円に対する昭和五六年七月三一日から同年九月二六日(抗弁1(三)の③の支払日の前日)まで、四六四一万七五〇〇円に対する同月二七日から同年一〇月二六日(抗弁1(三)の④の支払日の前日)まで、四五二六万五〇〇〇円に対する同月二七日から同年一一月二六日(抗弁1(三)の⑤の支払日の前日)まで、四四一一万二五〇〇円に対する同月二七日から昭和五七年四月一四日(抗弁1(三)の⑦の支払日の前日)まで及び四三五三万六二五〇円に対する同月一五日から支払ずみまで、それぞれ商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであるが、これを超える請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるので、これを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を適用し、仮執行の宣言については、相当でないので、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官小倉顕)

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